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こんにちは、米山田米太郎です。

 

私は以前から不思議に思っていたことがあるのですが、

それは、タイトルのとおり、極めてナチュラルに

歯医者さんが私の胸板をモノ置きに使うことです。

 

歯医者さんで治療を受けていると、

気づいたら私の胸板にかすかな感触を感じて、

歯医者さんの手が私の口から離れると、

私の胸板にかすかな感触を感じます。

 

この目で見てはいませんが、

おそらく私の胸板をモノ置きに使っているのでしょう。

 

これに気づいたときの私の感情は、不思議なもので、

「何を私の胸板を勝手に使っているんだ?」

という、怒り、あるいは、不快な感情は一切なく

どちらかといえば、歯医者さんとの距離が縮まって

仲良くなった心地よさのようなものを感じました。

 

さっきまで、ものすごく気をつかって、

痛かったら言ってくださいね、それではお口開けてください、

失礼しまーす、ごめんなさいね、

足もとがキュウクツじゃないですか、とか、

一挙手一投足に気を配って私に接してくれていた歯医者さんが、

胸板に関しては、あたりまえのように無断で使ってくれていたことに、

そして、それをあたりまえのように自然に受け入れた自分の感覚に

どこかうれしさを感じるのです。

 

考えてみると、初対面の人で、しかも相手が店の人でこちらが客という立場でも、

いつのまにか自然に、相手が「タメ口」を織り交ぜてきているのに、

全く不快に感じない人がいます。

 

フツーにイラッとする例も多々ありますが(笑)、

なぜか自然に受け入れている場合も、ごくまれにあったりします。

 

また、高校以降に出会った人は、同い年でも、最初は

「くん、ちゃん、さん」と敬称をつけてお互い呼び始めたと思いますが、

いつの間にか、お互い敬称がとれた人と、そうでない人がいます。

 

敬称があだ名の一部になっている人は別として、

何年経っても敬称を外す感じにならない人と、

敬称を外して、なんなら、命令形で話せるような間柄になる人もいます。

 

この人との心の距離感のようなものは、

おそらく無意識に細かい様々な要素が織り交ざって

当事者間で決まってくる気がして、

常々不思議でおもしろいなと感じていましたが、

歯医者さんが私の胸板をモノ置きに使う事に関しては、

これは、歯医者さんがどんな方であっても、

不快には感じない気がします。

 

また、私は散髪は顔そり、耳かきもやってくれる理容室にいくのですが、

理容師の方も、私の胸板をモノ置きに使ってくれますが、

これもまったく同じです。

 

どうやら、一定の状況においては、

相手の胸板を勝手に使うことは絶対に安全に許される気がします。

 

ここに人の心理や人付き合いの秘訣が隠れているような気がします。

 

野に咲く花のように 風に吹かれて

歯医者さんが私の胸板をモノ置きに使うように

人を爽やかにして

 

そんなふうに僕たちも生きてゆけたらすばらしい

 

そんな事を感じる今日この頃でございます。

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