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こんにちは、米山田米太郎です。

 

今回は【テレビを観ないスタイル】について、

つづっていきたいと思います。

 

まず、私は大学生になって上京して、

一人暮らしを始めてから(2003年あたりから)、

テレビを観る習慣が全くなくなりました。

 

それはテレビをあまり観ないようにしようと決意したとか、

つまらなく感じたからとか、別にそういう事ではなく、

やりたい事の優先順位として、

相対的にテレビを観ることが下がっていって、

気がついたらしばらく観ていなかったというような感じです。

 

私の感覚としては、

「カレーヌードルが好きでそればっか食べてて、

ノーマルのカップヌードルはここ数年食べてない」

というぐらいの感覚で言っていたのですが、

テレビを観ないスタイルがカッコイイというとらえ方をされたり、

いわゆる意識高い系アピールでそれをしている人がいたりするようで、

そのアピールを煙たがられたりといったこともあったりで、

色々面倒くせーなと思ったりもしたこともありました(笑)

 

今は、スマホやパソコンを一人一台以上所有するのが当たり前で、

もしかしたら、若い世代の方々は、

テレビを観るよりも、YOUTUBEやネットの動画で、

自分の好きなものを選んで観る方が多いという方も少なくないと思いますが、

まあ、それと同じような状況だったというだけの話です。

 

腹ぺこの状態で、そこにカレーヌードルがなくて、

ノーマルのカップヌードルだけがあれば、

喜んで、ありがたがって、

ノーマルのカップヌードルをいただきます(笑)

 

ですので、テレビが嫌いなわけでもなければ、

不要なものとも、全く思っていません。

 

むしろ、テレビは好きで、ただ、

それよりももっと好きなものが多くなっていったという状況なわけですが、

「テレビを観ていない」という発言をすると、

アンチテレビの人だと思われてしまうことが心外です(笑)

 

そういえば、私が高校の頃の先生の家にはテレビがなくて、

その先生が「テレビなんてバカバカしいものを観るな」的な発言をして、

その先生のお子さんには、テレビを一切観せずに

勉強をがんばらせて、東京大学に合格したなんて話をしていましたが、

私が思うのは、その先生やそのお子さんがそれが楽しくて幸せならば、

それもすばらしいことですが、

勉強するよりもテレビを観ることが好きな人が、

テレビを観て幸せならば、それもそれでいいじゃないか、

ということです(笑)

 

むしろ、勉強が苦でなく、楽しくて仕方がない人ならば、

強制的にテレビを観ない環境を作らなくても、

黙ってても時間を忘れて勉強に没頭するでしょう。

 

そういう人であれば、勉強に没頭する中で、

楽しさや気づき、発見を得て、ステキな時間をすごせるかと思います。

 

しかし、ただ苦行として覚える作業をいっぱいすることが、

なんか価値あんのかな?という気がします。

 

冷静に、まっさらな、フラットな気持ちで考えてみていただきたいのですが、

テレビ番組と、教科書に書いてあること、

どっちもそんなに変わらないぐらいのバカバカしさじゃないですか?(笑)

 

立派なもの、ありがたいもの、貴重なもの、

というレッテルを誰かが貼ったから、そう見えるだけで、

だいたいどんなものでも冷静に考えたら、

バカバカしいと思います。

 

しかし、そのバカバカしいものに没頭して、

挑戦を続け、新しい何かを見つけたり、

楽しさや喜びを得るような行動をすることが、

ステキなことなんじゃないでしょうか。

 

そんな人や、そんな人が生み出したものを見て、

人は心を動かされたりするのではないでしょうか。

 

テレビ番組にも、観た人を楽しませようと、

知恵をしぼって、寝る間も惜しんで挑戦を続けて

作り出したものもあるでしょう。

 

教科書にも、過去の先人が、

知恵をしぼって、寝る間も惜しんで挑戦を続けて

編み出した公式や、発見した法則が刻まれているでしょう。

 

どちらも冷静に観れば、バカバカしいことですが、

そんな人や、そんな人が生み出したものを見て、

人は心を動かされ、そして、心を動かされた人が今度は、

何かを発見したり、生み出して行くのではないでしょうか?

 

というわけで、私の【テレビを観ないスタイル】についてという

出発点から、だいぶ掘ったお話をしてまいりましたが、

まあ、要するに、私はカレーヌードルが好きでそればっか食べていて、

ノーマルのカップヌードルはここ数年食べてないけれど、

最近はトムヤムクンヌードルにハマって、

そればっかり食べているというお話でした。

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